「どこか」への誘い

2016.07.01 (金) お知らせ, コラム, リリース情報

先日告知した7月22日に開催のイベント「オトコノコ★ナイトΩ」に、女装雑誌を作り続けて約8年と書いた。その頃、僕は三和出版というマニア系エロ本出版社でSM雑誌などを編集していた。働き始めて1年が経とうかという時だった。「そろそろ井戸君も1冊好きな本作ってみる?」と言われて企画したのが、女装の本ではなく、「素人ニューハーフ」の本だった。取材・撮影をしていく段階で、ニューハーフにこだわらなくても女装でいいんじゃないと意識が変わっていった。そのきっかけのひとつが「女装・ニューハーフ プロパガンダ」の存在だった。

当時、開催から数度目で200人ぐらい集客していたプロパンダのことは、女装・ニューハーフ好き=トラニーチェイサー界隈で話題となっていた。僕は10年ほど前からデパートメントHというイベントに通っていたこともあり、その告知コーナーの場でプロパガンダのことを知っていた。告知にあがっていた主催者は女の子にしか見えなかったが、彼女の性別は男性だった。初めて遊びに行ったプロパガンダの熱気はすさまじかった。AVに出ているような有名ニューハーフもいたが、それよりも若い女装子たちで溢れかえり、男性も女性も交じえてフロアじゅう人でごった返していた。薄暗い通路で怪しげな会話をしてる人やチルアウトルームでまったり交流をする人、音楽に合わせて踊り狂う人、酒を飲んで騒いでる人、女装子をナンパする人。めまぐるしい空間だった。初めてで圧倒されたこともあり、酒を飲みながらひとりでうろうろしていると、ひとりのニューハーフに声をかけられ、そのままホテルに行き、逆アナルされたのだった。

その次のプロパガンダには取材で訪れた。圧倒的な熱気をどうにかして記事にしたいと思い、SM雑誌のコラムに無理やりねじ込んだ。企画していた女装雑誌が出るのは数カ月先の話だった。取材を終え、会場を後にする時に、あのデパートメントHで見かけた主催者が見送ってくれた。それが「もか」ちゃんとの最初の出会いだった。そんな彼女がつい先日、描き下ろしの本を出版した。『迷いうさこの感じる哲学漫画』という本である。僕ともかちゃんは、その出会いから、僕が女装雑誌を作り続けていた約8年間、一緒に酒を飲んだり、ある時は仕事をしたり、ある時は絶縁されたり、またかかわるようになったりして、不思議な距離感で、外側から彼女を見てきた。住んでる場所も近い。彼女が飛び降り自殺したマンションは日常的に通り過ぎる場所だ。

この哲学漫画には浮遊感がずっとある。「どこか」に誘われる感覚。日常的な場面もふわっと浮いている。僕もそんな感覚を知っていた。でも日々人とかかわり仕事をして社会とそれなりにかかわる中で忘れている。あえて忘れているわけじゃない。ふわっとした感覚は好きだ。哲学的な思考は重力から自由にしてくれる。物事の上辺を通りこして何者でもない何かを垣間見させてくれる。その根源的な歓びと怖さがささやかに描かれている。帯に書かれている壮絶で生々しい人生を示すフレーズとは裏腹に、日常と「どこか」が地続きな世界を浮遊する心地よくも怖い物語。ぜひ触れて欲しい。

迷いうさこの感じる哲学漫画

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